8つの不幸の要因を解消!ラッセルの幸福論を検証☆

先日、たまたま見た番組でラッセルという

哲学者の幸福論について解説していました。

ラッセルは物事と自分自身を客観的に見つめ

自分の体験から不幸の原因を分析し自らが幸せ

になるにはどうしたらいいのか研究しました。

すべては不幸を感じている本人の思い込みが

原因です。

その原因と解決方法を記した「幸福論」に

ついて、今回はNHKテキスト100分de名著の幸福論から

引用したことをまとめて紹介します。

著者のラッセルって誰?

簡単にラッセルという人物を紹介します。

イギリスの公爵家の三男に生まれました。

良心を早くに亡くし祖母に厳しく育てられた幼少期の経験が

ラッセルの人格形成に影響しています。

楽観主義は「とにかくなんとかなるさ」と考え、あとは天に

任せます。

しかしラッセルは自分の思考を変えることで状況を変えて

いく考え方、いわゆるポジティブシンキングを提唱しています。

あくまでも自分の力で人生を切り開く方法を主張している

ところが地に足をつけていて現代人にも理解しやすいのでは

ないでしょうか?

まずは自分が何にとらわれているのか原因を探ることが大切です。

不幸を招く8つの原因とは?

何が私たちを不幸にしているのでしょうか?

不幸の原因は自己没頭だとラッセルは言います。

自己没頭を掘り下げてみると以下の3点に分けられます。

罪びと

罪の意識に取りつかれている人のことをいいます。

ナルシシスト

自分自身を賛美し人からも賛美されたいと思っている人です。

ちなみにナルシストとも言いますが、ナルシストは和製英語

で本来はナルシスにistをつけたナルシシストと呼ばれていました。

誇大妄想狂

魅力よりも権力が大事であり愛されるよりも怖れられたいと

思っている人のことです。

 

このように自分が不幸だと思っている人はどれかに思い当たる

ところがあるのではないでしょうか?

さらに細かく分類した不幸の具体的な原因

バイロン風の不幸

悲観主義のことをいいます。

自分で勝手に不幸な世界を作り出し閉じこもろうとすること

です。

自分は悲劇のヒロインと空想の世界で思っている人がいる

かもしれませんね。

私も昔はそういう人間でした。

競争

人に勝つことが成功だと思っていますが、成功は幸福の

ひとつにすぎません。

そのためにすべてを犠牲にしてしまっているから不幸に

おちいってしまいます。

ラッセルは

「子供をもうけたいと思うほど人生をエンジョイしていない」

「そのうちに彼らはもっと陽気で快活な人種(AI)によって

取って変わられるにちがいない」

「競争の哲学によって毒されているのは仕事だけではない

余暇も同じように毒されている」

と、仕事に疲れ果て家族との休暇を楽しめない現代人のことを

揶揄しているようです。

退屈と興奮

「多すぎる興奮に慣れっこになった人はコショウを病的に

欲しがる人に似ている」

とラッセルは例えて説明しています。

たとえば、私はスープカレーが大好きですが過去に辛いものが

好きな友人とスープカレー店に行きました。

1番辛い段階のものを友人は迷わず選びます。

そして一口食べてみて「辛くない」と言います。

「美味しい」とは言いません。

そのとき、なにを競っているのだろうか?と私は思いました。

そもそもスープカレーは味を楽しむためのものではないでしょうか?

私も以前は辛さの段階をクリアしたら次の辛さに挑戦して

いた不幸な時期もありましたが、現在は自分が美味しさを

感じる段階を堪能しています。

味の濃いコンビニや外食のような濃い味に慣れてしまい

薄味は物足りなく感じてしまうでしょう。

そういえば激辛チャレンジャーの友人は自分で料理せず

近所のコンビニが自分の冷蔵庫だと豪語していました。

本来は素材そのものの味、野菜の甘さや出汁の風味などを

感じることができなければさらに濃い刺激を求めてしまう

でしょう。

または都会の刺激に慣れるか何もない自然を満喫できるか?

ということでも退屈と興奮でみることができます。

退屈を怖がっているとどんどん興奮を求めるようになります。

ある程度退屈と思われることを楽しめる人の方が幸福感が

大きいのではないでしょうか?

疲れ

神経の疲れ、特に心配事があると人を不幸にしてしまいます。

何も打つべき手がないのにあれこれ考えることをやめない人が

不幸の原因を作っています。

眠ることを忘れベッドの中でも問題を考えてしまい疲れから

判断が鈍って次の日には不機嫌になるでしょう。

私も解決しない心配事から抜け出せず四六時中考えていた

ことがあります。

もちろん眠れるわけがありませんでした。

そして悲劇のヒロイン化していたのです。

ねたみ

ライバルと思う人物に対して悪いところを必死に探している

ことが不幸の原因のもとです。

「自分の持っているものから喜びを引き出す代わりに他人が

持っているものから苦しみを引き出している」

とラッセルは言います。

愛情の裏返しとも言えますね。

または可愛さ余って憎さ百倍ということわざにもあるように

好きと嫌いは紙一重です。

罪の意識

子供の頃に親に叱られたり厳しくされたことで植えつけられ

大人になってもひきずってしまうことです。

現代の若者は自由な人が増えましたが、その上の世代の

人たちには罪の意識を潜在的に抱えている人が多いのでは

ないかと思います。

被害妄想

いつも裏切られ犠牲になってきたという話をする人が周りに

いるかもしれません。

そういった人びとは大抵口先がうまいので馴染みのない人

からは同情を寄せられることが多いでしょう。

被害妄想にとらわれる人は周りが同情しなくても自分は

被害者だという思いを強めていきます。

世評に対するおびえ

自分が人にどう思われているかをいつも気にしています。

自分を周りに受け入れてもらえないと一生の終わりだと思い

込んでいることが多いでしょう。

解決するには思考をコントロールしよう

パイロン風の不幸

負のループにおちいる前に不幸物語の脚本を執筆することを

ストップしましょう。

何か課題ができならどうしても行動を起こさなければいけない

必要性に迫られたときに行動すればいいのです。

競争

競争に明け暮れるだけの人生がどんな結果をもたらすのか

考える必要があるでしょう。

競争は絶えず加速されるものであることを理解して人生の

バランスをとることが必要です。

戦う必要がないと放棄すれば相手も戦う意欲を向けなくなる

でしょう。

戦いは何の利益も生みません。

どこかの企業や組織が儲かるだけです。

退屈と興奮

「退屈に耐える力をある程度持っていることは幸福な生活に

とって不可欠」とラッセルは言います。

偉大な人ほど退屈な研究や読書に没頭していました。

そのなかで一瞬の発見や発明があるものです。

研究者や下積み生活の長い作家や芸術家は日の目を見ないこと

の方が多いでしょう。

それでも偉大な人はそれも楽しむことができました。

人生はほとんどが退屈な時間で占められているものです。

さらなる刺激を求めたいのか退屈な時間も味わい楽しめる

ほうがいいのではないでしょうか?

たとえば海や山などの自然をゆっくりのんびりと味わい

楽しむ人と、その景色を退屈でつまらないものと思う人が

います。

興奮することに慣れてしまい人工的なものでないと楽しめ

ない人も現代人の中には多いかもしれません。

でも海や山など自然のものを見て十分に楽しむ人も世の中には

いるということです。

疲れ

宇宙規模で疲れの根本原因の大きさを考えてみると問題は

いかに小さなことであるかがわかるでしょう。

ラッセルは講演の前にいつも緊張して足の1本でも折れてくれ

たら講演をしなくて済むのに。。と思っていました。

でも、自分の講演がうまくいこうが失敗しようがどのみち

宇宙には大きな変化がないということに気づくことで緊張と

心配は消えました。

もともと人間自体が小さな宇宙です。

その宇宙が現在解決不可能な問題をいちいち考えていては

人生の無駄であり心配は情緒的なものに過ぎません。

対処法は考えるべきときに考える習慣をつけることです。

ベッドで夜中じゅう解決できないような問題を考えるよりも

考えるべきときに十分に考えることが大切ですね。

ねたみ

比較をやめることが一番の解決法です。

または相手を賛美する方法もあります。

今自分が楽しんでいることはよその人にとってはそれほど

楽しくないのではないだろうか?という考えをやめましょう。

それは楽しみ自体をまっすぐに見ていないのです。

人と比較しては心から楽しむことができません。

小さな世界で隣人と比較しないことと大きな視野をもつこと

が必要です

罪の意識

あなたが親であるなら子供の育てかたから考えましょう。

不幸の連鎖を断ち切ることです。

現代は不合理な罪の意識を無意識に起こさせるような教育を

しています。

後悔の感情である原因をさぐり、それが不合理なものである

ことをひとつずつ確認していくことで罪の意識から解放される

でしょう。

伝統的な道徳に縛られ、それを子供にも強要することが不幸の

原因です。

被害妄想

極端な症状がある場合は通院を考えた方がいいでしょう。

「高潔な理想主義者が立候補する本当の動機は権力欲や

虚栄心」である、とラッセルは言います。

自分の美点を過大評価してはいけません。

芝居が成功しない劇作家の例をラッセルは説明しています。

「モノを書く理由は思想や感情を表現したいという止むに

止まれぬ衝動から来るものか、拍手喝采を浴びたい理由から

来るものかどうか?」

拍手喝采がなければ観客が間違っているという被害妄想に

陥りやすいでしょう。

お金や名声を得るよりも本当にこれを表現したいかどうか

自分と対話してみることです。

世評に対するおびえ

田舎に長い間住んでいると近所で助け合うのはありがたい

のですが、悪い噂が広がるのも早いものです。

どうしても耐えられない場合は環境を変えることがいい

でしょう。

引越しをして新しい土地に行くことでいじめられっ子だった

子供が転校先では人気者になるケースもあるでしょう。

住むところや仕事を変えることで思考自体を変えることが

できます。

またどうしても場所を変えられない場合はそういう世評は無視

しましょう。

世評を気にすることで不安や不幸の原因を作ってしまいます。

身の危険を感じるのならば公的な機関に相談するなどの措置を

すればいいのです。

自分自身に寄せている興味を他の人も寄せているわけでは

ありません。

大抵の人は特定の自分を迫害してやろうと常に考えている

わけではないのです。

「人の意見を尊重しすぎると幸福になれない」とラッセルは

言います。

ネット社会による個人に対するバッシングは一般大衆が寛容

になるしかありません。

幸福になる具体的な方法

  • バランスのとれた熱意
  • バランスのとれた愛情と家族
  • バランスのとれた仕事
  • 私心のない興味
  • 努力と諦め

の5つをラッセルは提唱しています。

また幅広く趣味に熱中することで幸福感を得られます。

もし趣味の一つがダメになったとしてもまだ没頭できる

趣味があれば次に移行することができストレスが軽減される

でしょう。

幅広い興味をもつことで幸福になれるなんて、幼少期から

多くの趣味を持っていたみうらじゅん氏は幸福そのものでは

ありませんか?

精神の訓練もやってみよう!

もし問題を解決しようと考えてもいいアイデアが思いつか

ない場合は数日温存させます。

ラッセルの場合は「その仕事を地下で続けよ」と意識に命令

するらしいです。

すると何ヶ月か経ってその仕事を改めて考えると解決している

ことがあります。

煮詰まったときはいったん別のことに取り掛かり時間をおいて

改めてみるとアイデアが湧くことが多いのではないでしょうか?

それができるようになると延々と答えの出ない問題を考える

ことはなくなり不幸から抜け出すことができるでしょう。

意識とは別の動く次元が存在するため次元も理性で

コントロールできるとラッセルは考えています。

まとめ 一度の人生だもの楽しく生きよう!

人間は一生を終える瞬間に自分の人生最高だったと言いたい

ものかもしれません。

でも言葉だけの最高なんていくらでも言えます。

本当はその瞬間だけでなく元気なうちに最高で至福な時間を

実感したいと思いませんか?

あまりにも人間は周りを気にしすぎて自分の幸せを遠回しに

してきたかもしれません。

この変化の激しい時代に私たちが生まれて生きているという

ことは、昔とは異なる楽しみ方を提供してくれているもの

だと思います。

それを楽しまないともったいないですよね!

不幸だと思っているかもしれない周りの批判などは無視しま

しょう。

だって批判をする人は自分の不幸を棚に上げているだけです。

そういう人の言葉を信じたいのでしょうか?

自分が幸福に生きたいのなら幸福な人と行動すればいいし

自分の「好き」をまっすぐに追求することで幸福感を得られる

なんて簡単ですね。

でも、いままではそんな簡単なことが私たちにはできな

かったのです。

ですから今からでもいいですから客観的な視点を持って

自分の人生を悔いなく生きましょう。

 


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