2019年から新しい元号に!関連する情報をまとめてみた

2016年の8月8日に今上天皇明仁陛下が退位に

関するおことばがメディアを通して国民に

広まりました。

高齢と健康上の理由により天皇としての公務を

果たすことが難しくなりました。

平成天皇が誕生して2018年は30年目の節目にあたります。

今回は天皇のお仕事や今後の動きと管理人の好きな麻と

皇室に関連するマニアックな話について紹介します。

即位までのスケジュール

平成天皇の退位日が2019年、平成でいえば31年の4月30日に

決定しました。

翌日の5月1日には新しい元号に変わり皇太子である徳仁親王が

新天皇として即位されます。

元号と西暦が一致しやすい12月31日の退位日が検討されました

が、皇室から年末年始の宮中行事とぶつかるため望ましくない

と反対されました。

新元号の発表は退位日を踏まえて国民生活への影響を考慮しながら

適切に対応するそうです。

次はどんな元号がくるの?

元号とは平成とか昭和のことを言います。

次の元号はどんなものが来るのでしょうか?

ちなみに履歴書や病院のカルテなどに記入する場合を考えて

明治のM・大正のT・昭和のS・平成のHと重なる

アルファベットは、だぶるので避けるようです。

ほかには

  • 読みやすいこと
  • 書きやすいこと
  • 漢字2文字であること
  • これまでに元号で用いられていないこと
  • 世間一般で日常的に使用されていないこと

が挙げられています。

元号で使用された漢字は飛鳥時代から数えて504文字です。

そして247の元号が決定されてきました。

江戸時代だけでも元和(げんな)から慶応(けいおう)まで

35の元号があります。

使用された漢字の中でとくに多いのが「永」で29回です。

ほかには治・正・応・和・平などがあります。

昭和と平成で平和な世界を作る願いが込められていたのかも

しれませんね。

ちなみに私の希望としては名前の一部に入っている「保」を

使って欲しいです。

そして降臨した未来人が「安始」と予言したとの噂も巷では

ささやかれているそうですよ。

本当かどうかはわかりませんが、安も今までに使われている

漢字でもあるのでありうるかもしれませんね。

高齢な天皇にとっては激務なお仕事

ここでは天皇のお仕事について振り返ってみましょう。

天皇の公務については国事行為・公的行為・祭祀などの

私的行為に分類されます。

元旦は1日の午前5時半から仕事があります。

新年祝賀や会食、一般参賀など多忙です。

毎朝宮中三殿で行われる宮中祭祀は毎日国民の幸福を

お祈りする儀式が欠かせません。

私たちの幸せは天皇が毎日の祈りで保障されているような

ものです。

何があっても幸せとはそういうことかもしれませんね。

また国事行為である春と秋の叙勲・褒章で受賞される

5,000人もの調書にも天皇は目を通さなければいけ

ません。

法律の交付を求める書類には天皇自らが目を通し

毛筆で署名され9cm角ある天皇の公印である

御璽(ぎょじ)を押す仕事もあります。

国のイベントなどにも出席しますし、年間700件もの

公務に参加しなければならずとにかく激務です。

しかも平成に入り、大きな災害が後を絶ちませんでした。

そのため被災地に出向き多くの方たちを励ます光景は

ニュースでも見ることができましたね。

公務でお米も作る

魚類学者としてハゼの研究もしている天皇陛下は皇居内で

田植えもしています。

場所は宮中三殿近くの敷地で300㎡の畑です。

田植えは昭和天皇から始まった行事で公務のひとつとして

活動しています。

お米の銘柄はうるち米がニホンマサリで、もち米は

マンゲツモチです。

出来上がったお米は毎年の新嘗祭(にいなめさい)に使用

されます。

天皇即位の際には麻が関わっている

新天皇の即位後の11月には大嘗祭(だいじょうさい)

が執り行われます。

大嘗祭は新天皇即位後の新嘗祭のことをいいます。

まずは新嘗祭について紹介してから、なぜ麻が関わって

いるのかを説明します。

新嘗祭とは?

新嘗祭(にいなめさい)は毎年11月23日の秋分の日に

五穀豊穣を祈願して執り行われるお祭りです。

 

新嘗祭は天照大御神の時代からある行事で古事記にも

記されています。

全国の神社でも開催されますが、天皇は宮中三殿の

神嘉殿(しんかでん)で新嘗祭を執り行います。

その際に自ら育て収穫した米もお供えしています。

大嘗祭の衣は2種類

新天皇即位の大嘗祭にはアラタエとニギタエという2種類

の神衣を用意します。

ニギタエは絹で作られています。

生産しているのは愛知県豊田市稲武町で現在は養蚕農家

3戸の協力を得ています。

植物性と動物性の繊維を天皇がまとうことにより二元性の

バランスをとるという意味があります。

麻からアラタエができる

大嘗祭に使用されるアラタエは数々の謎が残っている剣山の

近くに位置する徳島県木屋平村(こやだいらそん)の三木家

が作っています。

木屋平村は2005年に合併して美馬市に変わりました。

1973年には麻植郡から美馬郡へ移行しています。

麻植郡と呼ばれていたので麻が植えられているところとして

知られていたかもしれませんね。

アラタエは大嘗祭に欠かすことができない神具のひとつです。

三木家は阿波の忌部氏が調達する決まりで、平安時代から

その文献が残っています。

三木家は忌部氏の末裔です。

三木家は山の奥の奥にあり4反の麻布を作るために

種まきから刈り入れまでの約3ヶ月間24時間体制で監視されます。

麻畑の入り口には鳥居が設けられており神社のようです。

天皇家は神社の最高峰のような役割ですから、象徴の鳥居を置く

のも納得できますね。

ちなみに三木家の語源は「貢ぎ」から来ているそうです。

そんな大嘗祭にアラタエを奉納してきた三木家ですが

中断した時期がありました。

南北朝の騒乱で三木家の当主が迫害を受けてしまい

復活まで600年もかかったそうです。

復活は大正天皇の大嘗祭でした。

昭和の大嘗祭のアラタエは?

昭和天皇が即位したときの大嘗祭は昭和3年(1928年)

4月に三木家は種まきをしました。

青年10人が管理して8月に抜麻式(ぬきあさしき)を執り

行いました。

その後、抜き取った麻の皮剝作業をして2mの高さがある

麻風呂で煮てムシロに巻いて発酵させます。

9月に麻紡式(あさつむぎしき)で8名の女子が選出されます。

そして9月下旬に織初式(おりぞめしき)が執り行われました。

織女は健康で両親が揃っているなどさまざまな条件をクリアした

人が選出されました。

朝は風呂に入って神主さんにお祓いをしてもらってから

ようやく織殿で作業が許されます。

織られたアラタエは三木家から山を下り新幹線に乗せられ

皇居まで運ばれたそうです。

アラタエを運ぶためには器が2つ用意されます。

1つはアラタエの本物を入れた器、もう1つはカムフラージュ

するためのものです。

 

それだけ大切に扱われたものなんですね。

*これは管理人が作った麻布で三木家のものではありません。

まとめ 元号が変わると忙しい

天皇の退位は江戸後期119代の光格天皇以来であり

約200年ぶりだそうです。

私は昭和から平成の移行期も体験していますが、昭和天皇が

崩御(亡くなった)ときはお正月気分も抜けきらない頃で

突然の元号が変わったことに対応できませんでした。

当時はデパートで働いていたこともあり、店舗側も対応に

大忙しでした。

今回は前もって退位と即位が決まっているので以前のように

慌てふためくことはないかもしれませんが、それでも

新しい時代に向けて時代が動いていくのも実感していくのかも

しれませんね。

その後の天皇家の動向も気になりますが、まずは新しい元号と

アラタエの出来上がりが私は楽しみです。

 

 

 

 


SNSでもご購読できます。

記事投稿日をチェック

2018年10月
« 9月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

アーカイブ

コメントを残す