意外な3つの展開に驚き!栗山天満宮の由来を探ってみた☆

11月は新嘗祭がありました。

わたしが住む北海道栗山町の栗山天満宮でも

同じく新嘗祭が開催され多くの町民が餅まきに

参加していました。

栗山天満宮の敷地内には製麻工場跡と書かれた

碑があります。

どうしても気になっているので図書館で栗山天満宮

についての資料がないものかと探してみたところ

大変貴重な自筆の資料がありました。

毛筆の書である「栗山天満宮の由来」には驚くべき

内容が書かれていたのです。

今回は貴重な資料の内部を理解できる範囲で紹介します。

その1 かつてここは荒廃した樹海だった

ここ栗山町は今では南空知地方と呼ばれている地域です。

昔は石狩空知管内を「石狩の国」と呼び、南空知地方は

市来地地帯と呼ばれていました。

市来地地帯は樹海と高草が生い茂る無人地帯であり

湿潤地帯であったため冬は寒冷が激しく荒れ狂う原野

だったそうです。

現在町民に親しまれている御大師山(おだいしやま)は昔

クッタリ山と呼ばれていました。

山付近の栗沢地区はキヨマップと呼ばれていたそうです。

クッタリ山から現在の市街地を望むと当時は樹海だったん

ですね。

今ではすっかり開けてしまって想像もできませんが。。

その2 農地開拓が始まる

北海道が開拓され始めたのは明治時代からです。

なにせ今年は北海道という名前がついて150年ですからね。

それについてはこちらの記事を参照してください。

命名されて150年!北海道と松浦武四郎の深い関係

明治初期の政府では蝦夷地(当時の北海道)の農地を開拓

することになります。

同時に炭鉱も盛んになっていたため、北海道全域に採掘場が

ありました。

夕張や三笠、さらに栗山や栗沢地区にも採掘場があったのです。

政府は昔から北海道に拠点を置くアイヌの人々に注目します。

強制的に連れられていったところが小樽や厚田でした。

先導者は厚田から幌内(三笠市)まで樹林を切り崩し道を

作ったそうです。

少し切り崩しては方向確認をするために木に登り、また歩き

また木に登る・・を繰り返しました。

そして幌内の炭鉱でアイヌの人々を炭鉱作業に従事させた

のですが、慣れない地下での労働と狭いタコ部屋の生活に

耐えられず逃げ出す人が大半だったそうです。

そのため働き手がいなくなってしまい計画を断念してしまいます。

逃げ出したアイヌの人々は妻子を連れて北や南へ逃走します。

その中の数家族がたどり着いたのがクッタリ山でした。

その3 新しい土地の開拓が始まる

クッタリ山の麓は雨煙別(ウエンベツ)川があり魚や動物

たちなどアイヌの人たちにとっては格好の場所だったため

安住の地として止まることにしました。

そして気になる幌内の炭鉱ですが、近くに空知集治監(囚人の

収容施設)があったため、護送されて来た人々を採炭夫として

雇うことにしたのです。

空知集治監は当時、陸の孤島にあり二度と変えることができない

と人々から恐れられていたそうです。

そして次は囚人たちが脱走しました。

その囚人たちは長い旅の果てでクッタリ山にたどり着いた

のです。

下山すると同じ場所から逃走したアイヌの人々が安住の地と

して暮らしていました。

そこで意気投合し、しばらく一緒に生活することにしたそうです。

ところが囚人(和人)たちは狩猟の生活になじめず辛い日々

だったそうです。

そこで和人たちは大樹の根元に祠をつくり、八百万の神に

会えない家族や自分の健康を願い続けたそうです。

数年後、入植して来た開拓者たちにアイヌの人々はそのことを

話しました。

開拓者たちはいい話を聞いたということで和人たちの思いを

受け継ぐ場所として、のちの1929年に村社栗山神社として

信仰されるようになりました。

1952年には宗教法人法に基づき栗山天満宮に改称します。

まとめ 逃げるは恥だが役に立った

今回、お借りした資料です。

長年保管されているにも関わらず、借りたのは私が初めてだったそうです。

自筆でコピーなどもないものですから扱うのに冷や汗でした。

でも、今回お借りしてみて栗山神社(栗山天満宮)がどういった由来を持つのか知ることができました。

アイヌの人々と幌内の囚人たちと開拓者のおかげでこの街ができたようなものです。

さまざまな角度から栗山町を知ることができて私も嬉しいです。

仕事は全うしなければいけない、逃げてはいけない

なんてことはありませんね。

この世に正しい間違っていることなんてありません。

労働者が逃げてくれたおかげでこの街があります。

この世界はおかげさまでできているようなものです。

人に労働を強要するような時代はもう終わりました。

しかし、悲しいことに現在もブラック企業やパワハラなどで

人々は疲労しているような時代でもあります。

これからは自分たちの魅力を最大限に引き出す時代の到来です。

全ての人が立ち上がれる勇気やパワーを持っているのですが

今までの慣習で自分にはそれができないと思っています。

でも、人間に定年や引退という言葉はありません。

心臓が止まるまで生き続けます。

歳をとるほど諦めることが多くなりチャレンジすることが少なく

なるのが一般的なのでしょうか?

いつまでも自分の魅力を最大限に引き出せるように

生きていけたらいいと思います。

 

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